第16回DG-Lab研究会のお知らせ

皆様

お世話になっております、DG-Lab事務局です。日々蒸し蒸しと暑い日が続いておりますがいかがお過ごしでしょうか。

さて、次回、7月22日(土)に第16回DG-Lab研究会を実施いたします。詳細は下記をご覧ください。

※今回はじめて参加を希望される方は、下記の事務局アドレスまでご連絡いただくか、下のフォームからお問い合わせいただきますよう、よろしくお願いいたします。

image

*****************************

【日時】2017年7月22日(土)14時~19時(*13時からミーティング)

【場所】長岡京市生涯学習センター、4階・学習室3 バンビオ1番館内
http://www.bambio-ogbc.jp/access/

【読書会】ドゥルーズ「マテシス、科学と哲学」(『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』河出書房新社所収)(担当:小林卓也)

【研究発表】小嶋恭道「フーコーによるパウル・クレー;ドゥルーズの『フーコー』を経由して」(仮)

【参加費】会場費として300円

【定員】20名程度

*****************************

それでは皆様にお会いできることを楽しみにしております。

243-307-1-PB

会誌『hyphen(ハイフン)』第2号刊行のおしらせ

皆さま、

このたび、DG-Labでは、当研究会の会誌である『hyphen(ハイフン)』の第2号を刊行する運びとなりました。2016年度の研究会の報告に加え、松本卓也氏および上尾真道氏をお招きした「公開実験」の報告、さらに、研究会メンバーを執筆者とする論考・批評・研究ノートが掲載されています。ぜひご覧ください。

******

リンク先はpdfファイルとなっています。

著作権は執筆者に属します。引用などの著作権法上認められた場合を除き、無断転載を禁じます。

__________________________________

『hyphen』(2017)第2号

表紙・目次

【年次報告】

2年目を通過しての成果と課題

・・・・・・・・・・・小倉拓也

【特集:ジャック・ラカン『エクリ』刊行50年記念】

忘却の政治:あるいは「書かれないことをやめない」ものの周りで

・・・・・・・・・・・上尾真道

部分的依存と半‐偶発――ドゥルーズの「連鎖」概念の行方

・・・・・・・・・・・小倉拓也

カフカ式スキゾ分析について

・・・・・・・・・・・山森裕毅

【論考】

ドゥルーズ『意味の論理学』における自由と実現主義について

・・・・・・・・・・・平田公威

非連続の筆致――『触覚』におけるデリダのドゥルーズ批判をめぐって

・・・・・・・・・・・小川歩人

ジル・ドゥルーズの「女性」論に関するメモ

・・・・・・・・・・・内藤 慧

埋め合わせと置き換え――ドゥルーズの初期モノグラフを巡って

・・・・・・・・・・・得能想平

【翻訳】

ダニエラ・フォス「マイモンとドゥルーズ:内的発生の観点と微分の概念」 

・・・・・・・・小嶋恭道=訳

【報告】

DG-Lab公開実験「DG-Lac(an)」の様子

・・・・・・・・・・・木元竜太

奥付

一括ダウンロード

第15回DG-Lab研究会のお知らせ

皆さま、DG-Lab事務局です。
ご連絡が遅くなりましてまことに申し訳ございませんでした。次回研究会のお知らせです。

次回は下記の日時にて開催いたします。ぜひとも奮ってご参加いただきますようお願いいたします。

※今回はじめて参加を希望される方は、下記の事務局アドレスまでご連絡いただくか、下のフォームからお問い合わせいただきますよう、よろしくお願いいたします。

image

****************************

【日時】2017年5月27日(土)14時~19時(*13時からミーティング)

【場所】長岡京市生涯学習センター、6階・会議室2 バンビオ1番館内
http://www.bambio-ogbc.jp/access/

【読書会】ドゥルーズ&ガタリ『哲学とは何か』第7章「被知覚態、変様態、そして概念」(担当:小倉拓也)前回からの続き。風景概念からリトルネロへ。

【研究発表】稲田祐貴「教育の概念と概念の教育:ドゥルーズの「方法」について」(仮題)

【参加費】会場費として300円

【定員】20名程度
*****************************

『hyphen』第2号の執筆者の皆様、投稿ありがとうございました。現在、小倉編集長によって
鋭意編集中です。皆さまの重厚な論考のおかげで、今号も大変充実したものとなりそうです。
発表までしばしお待ちください。

それでは当日お会いできることを楽しみにしております。

第14回DG-Lab研究会開催報告

2017年3月25日(土)長岡京市生涯学習センターにて、第14回DG-Lab研究会が行われました。

【読書会】『哲学とは何か』第7章「被知覚態、変様態、そして概念」(担当:小倉拓也)

小倉さんは、『哲学とは何か』を理解するための概念図式を与えるうえで、まず、そこで言及されるカオスについて理解することが重要であると指摘します。カオスとは、過飽和水溶液において結晶の核が形成されるけれどもいかなる結果ももたらさない(結晶化しない)状態があるように、いかなる成果をもたらすこともなく消散していく「誕生と消滅の無限速度」であるとされます。『哲学とは何か』は、こうしたカオスから出来し、カオスを共立的なもの、準拠づけられたもの、合成されたものへと変成させる営みを、それぞれ哲学、科学、芸術と規定します。そして、三つの営みそれぞれの生産物が、概念、ファンクティヴ(あるいは「見通し」)、被知覚態と変様態です。さらに、哲学(概念)においては「潜在的なものの実在性」が、科学(ファンクティヴ・見通し)では「潜在的なものの現働化」が、芸術(被知覚態と変様態)においては「可能的なものの現存」が論じられることになります。

 

La fleur du marécage, une tête humaine et triste

Odilon Redon, “La fleur du marécage, une tête humaine et triste” (©︎The Fitzwilliam Museum, Cambridge)

ここで小倉さんは、こうした図式が『差異と反復』第2章の時間の三つの総合にゆるやかに対応しているのではないか、また、カオス概念は、『意味の論理学』における動的発生の要請(超越論的領野の発生と解体可能性の議論)と共鳴しているのではないかと指摘されました。

第7章の読解においては、自己定立auto-positionとシェリングexistenceの関連がマルディネmonument概念へと継承されたものであること、さらには小倉さんが近年とりわけ着目されている、現象学者エルヴィン・シュトラウス『感覚の意味について』、ベルクソン『道徳と宗教の二源泉』の仮構概念を参照しつつ、『哲学とは何か』における芸術の議論が考察されました。

【研究発表】木元竜太「欲望的生産と社会的生産をめぐって-ドゥルーズ=ガタリとマルクスの共通項から-」

木元さんのご発表は、ドゥルーズとガタリによる『アンチ・オイディプス』を対象とし、そのなかに、マルクスの議論とドゥルーズ=ガタリとの共通項を辿ることで、社会的生産の議論に押し込められていたマルクスと欲望的生産との接線を描き出すことが目的とされました。木元さんの意図のひとつには、『アンチ・オイディプス』の政治的な側面に還元されないものとして欲望的生産の議論を取り出すことがあります。これに対しては、『アンチ・オイディプス』(ないし欲望的生産)そのものの政治性はどうなるのか、また、ネオリベラリズムが席巻する現状において『アンチ・オイディプス』を読む意義はどこにあるのかなどの意見が会場から挙がりました。『アンチ・オイディプス』は資本主義に替わるオルタナティヴを提示しうるのか、あるいは、資本主義それ自体の自己解体を暗示した書物なのかといった論点も含めて、当該図書をめぐるこれまでの研究を整理する必要があるように思われます。

(小林卓也)

IMG_7803

第14回DG-Lab研究会のお知らせ

皆さま、DG-Lab事務局です。次回の研究会のお知らせです。

下記の日時にて開催されますので、 ぜひとも奮ってご参加いただきますようお願いいたします。

※今回はじめて参加を希望される方は、下記の事務局アドレスまでご連絡いただくか、下のフォームからお問い合わせいただきますよう、よろしくお願いいたします。

image

****************************************************

【日時】2017年3月25日(土)14時~19時(*13時からミーティング)

【場所】長岡京市生涯学習センター、6階・会議室2 バンビオ1番館内
http://www.bambio-ogbc.jp/access/)

【読書会】ドゥルーズ&ガタリ『哲学とは何か』第7章「被知覚態、変様態、そして概念」

(担当:小倉拓也)

「空間」を主題とし『哲学とは何か』の「風景」を中心に議論します。当日は、『千のプラトー』の顔と風景の議論、『感覚の論理学』のhaptiqueの議論などにも触れられる予定です。

【研究発表】木元竜太「欲望機械の人類史——未開人、野蛮人、文明人」
【参加費】会場費として300円

【定員】20名程度

*****************************************************

 

 

第13回DG-Lab研究会(2017年度)のお知らせ

皆様

明けましておめでとうございます。本年もDG-Labをよろしくお願いいたします。

さて、来る1月28日(土)より、2017年度の研究会がはじまります。今年度の読書会テーマは「ドゥルーズ・ガタリと科学」です。次回、第13回の読書会、研究発表は以下の通りです。

**********************************************

【日時】2017年1月28日(土)14時~19時(*13時からミーティング)

【場所】長岡京市生涯学習センター、6階・会議室3 バンビオ1番館内(http://www.bambio-ogbc.jp/access/

【読書会】『差異と反復』第4章「差異の理念的総合」、第5章「感覚されうるものの非対称的総合」(とりわけ、微分内包的空間〔スパティウム spatium〕に関わる箇所)(担当:得能想平)

【研究発表】内藤慧「ドゥルーズにおける超越論的経験論」

今年度、上智大学に提出された卒業論文「基礎付けること、とは変化させることである―ドゥルーズの「超越論的経験論」における基礎付けと発生―」を基にしてご発表いただきます。

【参加費】会場費として300円

【定員】20名程度

※今回はじめて参加を希望される方は、下記の事務局アドレスまでご連絡いただくか、下のフォームからお問い合わせください。

image

***********************************************

熱力学、分子生物学をはじめとするさまざまな科学的知見が、ドゥルーズの哲学ないしドゥルーズとガタリの思想に着想を与え、その哲学の形成に影響をおよぼしていることは明らかです。数理物理学に焦点を当てたマヌエル・デランダのIntensive Science and Virtual Philosophy(2002)はすでに古典的なものであるといえるでしょう。とはいえ、ドゥルーズとガタリが科学と哲学の関係をどのように考えていたのか、彼らの思想・哲学において科学とはどのような位置を占めるのかということは、必ずしも明らかではありません(『哲学とは何か』には科学に対する彼らの姿勢の一端を読み取ることは可能ですが、そこで論じられるのは、あくまでも哲学と芸術に対して相対化された科学でしかないことに留意が必要です)。

たとえば、Igor Krtolica(2015)の整理によれば、スピノザ的な一元論的自然を踏まえた上で、それに対する二つの半身として認識と存在の(ベルクソン的な)表現的二元論を設定する仕方は、とりわけドゥルーズの著作全体において一貫して見られる姿勢であり、そこには、デカルトの実体的二元論に典型的な近代科学的思考への批判を読み取ることができます。Krtolicaはさらに、この科学的認識と形而上学的(哲学的)存在の対を「弁証法」としてマークし、その背景に、プラトンからヘーゲルに連なる合理主義的文脈、ジャン・ヴァールによるヘーゲル批判によって示唆される経験論的文脈、さらに20世紀フランスエピステモロジーにおける論争を読み取っていますが(注*)、ドゥルーズの科学観をこうした哲学史的背景の精査から推し量ることも可能です。

さらに、こうした科学と哲学の関係という論点に加え、ドゥルーズが科学的知見に依拠しつつ、これを独自に展開し構成した概念を追い、その内実や意義を積極的に拾い上げることも必要です。たとえば、差異(微分)、強度(熱力学)、スパティウム(心理学:プラディヌ、パリアール)、地層化(地質学)、任意空間・平滑空間(相対性理論)などを、その顕著なものとして挙げることができます。

そこで本年は、「ドゥルーズ・ガタリと科学」という観点から、彼らの著作の該当箇所を読み込み、ドゥルーズ・ガタリにおける科学一般と哲学の関係性、科学に準拠し展開された彼らに固有の概念について検討します。また、本年は前期と後期を分け、それぞれに「空間」と「科学一般」という小区分を設け、各々の該当著作をピックアップし読み進める予定です。

(注*)「ブランシュヴィックからバシュラールへ、またロトマン、カヴァイエス、BouligandないしGonsethを経由し、フランスのエピステモローグたちは、弁証法の概念を多義的かつ多産的に使用したため、その意味を確定するのが困難であるように思われるほどである」(Igor Krtolica, “Science et philosophie chez Gilles Deleuze”, in Filozofija i društvo, vol. 26, Broj 4, 2015, p. 962)。Krtolicaはまた、『差異と反復』(1968)に拠りながら、理念と問題の弁証的運動こそ、科学と哲学が連絡しあうとともに分離しあう論点であり、その運動のただなかにおいて、科学は理念からそれを現働化する現象へと向かい、哲学は理念からそれが来出する存在へと向かうとし、科学と哲学をその方向性の違いによって理解している。

(小林卓也)

200px-platon_et_aristote_par_della_robbia_detail

発表タイトル・司会者決定/ジャック・ラカン『エクリ』刊行50年記念 DG-Lab公開実験「DG-Lac(an)」 開催のおしらせ

%e3%83%9d%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc2

第1部:言語-連鎖(13:15-14:45)

松本卓也「「シニフィアンの論理」再考—ラカンにおける構造と歴史」

小倉拓也「部分的依存と半‐偶発—ドゥルーズにおける「連鎖」概念の行方」

 

第2部:政治‐分析(15:00-16:30)

上尾真道「忘却の政治:あるいは「書かれないことをやめない」ものの周りで」

山森祐毅「カフカ的スキゾ分析について」

 

全体討議(16:45-17:45)

(総合司会:福尾匠)

 

ジャック・ラカン『エクリ』刊行50年記念 DG-Lab公開実験「DG-Lac(an)」ポスター2