第13回DG-Lab研究会(2017年度)のお知らせ

皆様

明けましておめでとうございます。本年もDG-Labをよろしくお願いいたします。

さて、来る1月28日(土)より、2017年度の研究会がはじまります。今年度の読書会テーマは「ドゥルーズ・ガタリと科学」です。次回、第13回の読書会、研究発表は以下の通りです。

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【日時】2017年1月28日(土)14時~19時(*13時からミーティング)

【場所】長岡京市生涯学習センター、6階・会議室3 バンビオ1番館内(http://www.bambio-ogbc.jp/access/

【読書会】『差異と反復』第4章「差異の理念的総合」、第5章「感覚されうるものの非対称的総合」(とりわけ、微分内包的空間〔スパティウム spatium〕に関わる箇所)(担当:得能想平)

【研究発表】内藤慧「ドゥルーズにおける超越論的経験論」

今年度、上智大学に提出された卒業論文「基礎付けること、とは変化させることである―ドゥルーズの「超越論的経験論」における基礎付けと発生―」を基にしてご発表いただきます。

【参加費】会場費として300円

【定員】20名程度

※今回はじめて参加を希望される方は、下記の事務局アドレスまでご連絡いただくか、下のフォームからお問い合わせください。

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熱力学、分子生物学をはじめとするさまざまな科学的知見が、ドゥルーズの哲学ないしドゥルーズとガタリの思想に着想を与え、その哲学の形成に影響をおよぼしていることは明らかです。数理物理学に焦点を当てたマヌエル・デランダのIntensive Science and Virtual Philosophy(2002)はすでに古典的なものであるといえるでしょう。とはいえ、ドゥルーズとガタリが科学と哲学の関係をどのように考えていたのか、彼らの思想・哲学において科学とはどのような位置を占めるのかということは、必ずしも明らかではありません(『哲学とは何か』には科学に対する彼らの姿勢の一端を読み取ることは可能ですが、そこで論じられるのは、あくまでも哲学と芸術に対して相対化された科学でしかないことに留意が必要です)。

たとえば、Igor Krtolica(2015)の整理によれば、スピノザ的な一元論的自然を踏まえた上で、それに対する二つの半身として認識と存在の(ベルクソン的な)表現的二元論を設定する仕方は、とりわけドゥルーズの著作全体において一貫して見られる姿勢であり、そこには、デカルトの実体的二元論に典型的な近代科学的思考への批判を読み取ることができます。Krtolicaはさらに、この科学的認識と形而上学的(哲学的)存在の対を「弁証法」としてマークし、その背景に、プラトンからヘーゲルに連なる合理主義的文脈、ジャン・ヴァールによるヘーゲル批判によって示唆される経験論的文脈、さらに20世紀フランスエピステモロジーにおける論争を読み取っていますが(注*)、ドゥルーズの科学観をこうした哲学史的背景の精査から推し量ることも可能です。

さらに、こうした科学と哲学の関係という論点に加え、ドゥルーズが科学的知見に依拠しつつ、これを独自に展開し構成した概念を追い、その内実や意義を積極的に拾い上げることも必要です。たとえば、差異(微分)、強度(熱力学)、スパティウム(心理学:プラディヌ、パリアール)、地層化(地質学)、任意空間・平滑空間(相対性理論)などを、その顕著なものとして挙げることができます。

そこで本年は、「ドゥルーズ・ガタリと科学」という観点から、彼らの著作の該当箇所を読み込み、ドゥルーズ・ガタリにおける科学一般と哲学の関係性、科学に準拠し展開された彼らに固有の概念について検討します。また、本年は前期と後期を分け、それぞれに「空間」と「科学一般」という小区分を設け、各々の該当著作をピックアップし読み進める予定です。

(注*)「ブランシュヴィックからバシュラールへ、またロトマン、カヴァイエス、BouligandないしGonsethを経由し、フランスのエピステモローグたちは、弁証法の概念を多義的かつ多産的に使用したため、その意味を確定するのが困難であるように思われるほどである」(Igor Krtolica, “Science et philosophie chez Gilles Deleuze”, in Filozofija i društvo, vol. 26, Broj 4, 2015, p. 962)。Krtolicaはまた、『差異と反復』(1968)に拠りながら、理念と問題の弁証的運動こそ、科学と哲学が連絡しあうとともに分離しあう論点であり、その運動のただなかにおいて、科学は理念からそれを現働化する現象へと向かい、哲学は理念からそれが来出する存在へと向かうとし、科学と哲学をその方向性の違いによって理解している。

(小林卓也)

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