第6回DG-Lab研究会開催報告(その1)

去る11月21日(土)(@長岡京市生涯学習センター)、第6回DG-Lab研究会が開催されました。

【読書会】於:6階・会議室3

福尾匠さんをリーダーに、ジル・ドゥルーズ『フランシス・ベーコン:感覚の論理』、「6. 絵画と感覚」、「7. ヒステリー」、「8. 力を画くこと」についての読書会を行いました。

福尾さんによる、『感覚の論理』全体の構成について説明がなされた後、各章各節ごとに内容を確認する形で進められました。

手が眼に従属した様態(optique-tactile)としての具象・抽象絵画から、ポロックに見られるような手が眼に対して完全に優位である様態(manuel)のあいだで、ベーコン絵画は、「空間化以前の力としての運動」を表現する形象(Figure)を描く。形象は、神経へと直接作用することで、感覚を、有機的(身体的)な結びつきから解放する。これにより、感覚は、複数の次元、水準、領野を移り行くものとして可視化され、現前する。このように、身体を合成する物質性、経験不可能な力能(これ自体が何なのかの検討は必要である)、経験不可能な時間を見えるようにする点に、ベーコン絵画の特異性があるとドゥルーズは考えています。

 

会場からは、ドゥルーズの絵画論においては、鑑賞する側の位置はどうなっているのかという問いかけがありました。創作する側の論理が中心を占める(ように見える)ドゥルーズの議論を踏まえた上で、では、われわれが絵画の前に立ち、これを見ているとき、はたして何が生じているのか、何を経験していることになるのかということをめぐり、さまざま議論が交わされました。

 

*****

今年度の統一テーマである「器官なき身体」についても、アルトーの議論、「卵」という形容など、連続する部分がありつつも、器官なき身体(Corps sans Organes)における「器官なき」(sans organes)の部分が強調されていた『意味の論理学』に対し、『感覚の論理』では、器官なき「身体」(corps)がとり得るさまざまな様態(肉、神経、不確定の器官、ヒステリーの身体、拘縮、麻痺)が積極的に描かれていたように思われます。

(小林卓也)

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